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名古屋地方裁判所 昭和58年(レ)63号 判決 1985年10月07日

控訴人

杉田稔夫

右訴訟代理人

山本朔夫

被控訴人

合資会社双葉クリーニング社

右代表者

伊藤保政

右訴訟代理人

鈴木健治

村上文男

主文

本件控訴及び当審において追加した請求をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金八万〇五〇〇円及びこれに対する昭和五七年二月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二項につき仮執行の宣言

二  被控訴人

主文と同旨

第二  当事者の主張

次のとおり附加訂正するほか原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

一  控訴人

1  請求原因の追加

(一) 控訴人が被控訴人に対し、本件ズボンにつき、染み抜きのためのクリーニングを委託したことは原判決請求原因2に記載のとおりである。

(二) 右委託契約は、法律上は請負と寄託の混合契約と解されるものである。従つて、被控訴人にはこれが契約上の義務として①客から委託を受けた物の状態(物の機能、汚れの質と量、堅牢度など)を適切に把握し②適切なクリーニング処理を選択して③これを完全に実施し④適正な状態でこれを客に返還すべきことが要求される。

(三) しかるに、被控訴人は右注意義務を懈怠し、前記のとおり本件ズボンを毀損したものであるから、控訴人は、被控訴人に対し原審において主張した不法行為責任のほかに、右契約上の債務不履行責任を追求するものである。

2  主 張

全国クリーニング環境衛生同業組合連合会制定のクリーニング事故賠償基準三条によれば、洗濯物に事故が発生した場合は原因の如何を問わず、業者の過失が推定されており、例外的に、業者が他の者の過失により事故の発生したことを証明した場合にのみ賠償責任を免れる旨規定されている。ところが、本件においても、本件ズボンの穴が被控訴人以外の者の過失により発生したことの証明がないのみか、被控訴人には客から委託を受けた物の状態を適切に把握すべき注意義務の懈怠が認められるので、同賠償基準三条により被控訴人の過失は推定されなければならない。

二  被控訴人

1  控訴人が当審において追加した請求原因(一)は否認する。但し、控訴人の母杉田あや子から本件ズボンにつき通常のクリーニングの依頼を受けたことはある(原判決三枚目表九行目の不知とあるのを否認と訂正する。)。

同(二)を認め、同(三)は否認する。

2  控訴人の当審における主張事実中、クリーニング事故に関し、控訴人主張の如き賠償基準が制定されており、その三条がその主張のような過失の推定の規定を置いていることは認めるがその余は争う。

3  控訴人は本件ズボンの穴が、被控訴人のクリーニング処理によつて生じたことを当然の前提にして、被控訴人の責任を論じているが、そもそも、右ズボンの穴が右クリーニングによつて生じたものか否かの因果関係の存在こそが問題であるところ、右ズボンの穴は、被控訴人がクリーニングの委託を受ける前から既に生じていたものであつて、被控訴人の過失を云々する余地はない。

なお右賠償基準三条は業者の帰責事由についての立証責任を転換したにすぎず、因果関係の存在までも推定したものではない。

第三  証拠<省略>

理由

一被控訴人が、クリーニング業を営む会社であること、控訴人の母あや子から本件ズボンのクリーニング(その内容については争いがある)を依頼されたことは当事者間に争いがない。

また一般論として、クリーニング業者はクリーニングの委託を受けた時はその内容が染み抜きであるか単純なクリーニングであるかにかかわらず、委託の趣旨に従つた適切なクリーニング処理等をなすべき義務のあること、クリーニング業者の義務等に関して、全国クリーニング環境衛生同業組合連合会が、クリーニング事故賠償基準を設定し、その第三条がクリーニング業者に対して洗濯物の処理に関し事故が発生した場合、クリーニング業者に過失があるものと推定する規定を置いていることも当事者間に争いがない。

そして、原審における検証の結果によれば、本件ズボンの股間部を上下、左右に分ける縫目の交点から尻の方へ五・五センチメートル、左足側へ二・五センチメートル寄つた付近に直径一・五ミリメートル位の穴があいており、その周辺を直径五ミリメートル位にわたつて糸がほぐれたような状態になつていること、股間部を左右に分ける縫目に沿つて幅四ミリメートル、長さ四センチメートル位にわたつて毛羽立ちが生じていること、左足外側の裾付近に横二センチメートル、縦一・五センチメートル位の長方形様の染みのあることが認められる。

二そこで、右ズボンの穴が、被控訴人がクリーニングの委託を受ける以前からあつたものか、委託を受けて後、その処理工程中に生じたものか否かについて検討する。

1  ところで、この点については、これを直接証する証拠として、控訴人は控訴人本人と前記杉田あや子の各供述を、被控訴人は被控訴人代表者の妻伊藤鈴子とその長男伊藤恭彦の各供述をそれぞれ援用するのみであつて、他に確たる書証等もなく、しかもそれぞれの関係当事者の供述は、そもそものクリーニングの委託の趣旨や委託時のやり取りから本件ズボンの穴を巡つての折衝等について、事毎に相対立しており、その信用性をにわかに即断し難いところであるが、その主なるところを掲げると次のとおりである。

(一)  本件ズボンのクリーニング委託の趣旨等について

(1) 原審における証人杉田あや子の証言によれば、同女は、昭和五六年九月中旬、控訴人から、本件ズボンに前夜の宴会で染みをつけたので、染み抜きのためクリーニングに出して欲しい旨を依頼され、被控訴人方店舗へ赴き、応対に出た前記伊藤鈴子に対し、本件ズボンの前記裾付近及び左内股縫目部分を含む本件穴のある付近並びに臀部付近の三か所に染みがついていることを具体的に指摘したうえ、右ズボンの染み抜きのためのクリーニングを依頼したところ、右伊藤鈴子は「長男が染み抜きの研究をしているので安心して下さい。」と答えたこと、そこで杉田あや子が「本件ズボンは洋服のズボンで新品と同様だから事故が起きたら交換してくれますか。」と言つたところ、伊藤鈴子は「交換するかお金を払います。」と答えたので、「染み抜きの代金はいくらですか。」と尋ねたら「取り敢えず四〇〇円下さい。」と言うので、四〇〇円を支払い、染みのある箇所を具体的に特定したうえで、染み抜きという特別のクリーニング処理を委託したこと、このやり取りの中で伊藤鈴子は本件ズボンに穴や毛羽立ちのないことを確認した旨供述している。

もつとも、原審における控訴人本人の供述によれば、控訴人は、股のところに染みをつけたので、染みはそれだけしか憶えていない旨を述べているが、当審においては、股間付近の染みは同僚と酒を飲みに行き水割りを零してできたもので、その染み抜きを母に頼んだ旨を、また、裾付近の染みについては、その存在には気付いていたが、母には伝えていない旨、前記杉田あや子とは多少異なつた供述をしているほか特徴的な供述はない。

(2) 一方、原審における証人伊藤鈴子の証言によれば、同女は、三〇年来、夫のクリーニング業を手伝つて来ているが、控訴人の母からは本件ズボンの裾付近に三か所染みがあると言われたので、それを確認したけれども、特別の染み抜きをして欲しいとは言われなかつたし、実際特別の染み抜きをする程のものではないと思われたので、後記二2(一)で認定の工程で処理をする普通一般のクリーニング(以下「一般クリーニング」という)の依頼をされたものとして本件ズボンを預つたこと、被控訴人においては、通常、クリーニングを依頼されると、先に代金は受取らず、品名、数量を記入して御預り伝票を切つて客に渡しているか、染み抜き等の特別の注文があつた時は、その品名欄に「染み抜き」等と記載しており、本件ズボンを預つた際も右のとおりの取り扱いで、特別の注文もなかつたことから「染み抜き」の記載もしなかつたし、また、本件ズボンに穴のないことをこの段階までに確認したことはなかつた旨を供述している。

(二)  本件ズボンの穴を巡つての当事者の折衝について

(1) 前記杉田あや子の証言によれば、同五六年九月二九日本件ズボンを受取りに被控訴人方店舗へ赴き、被控訴人代表者本人が二つ折にして出して来た本件ズボンを見ると裾の方に染みが一か所残つているので、「この染みも取つて下さい。」と頼んだら、もう一度御預り伝票(成立に争いがない甲第一号証)を切つてくれた。

右のようなやり取りをしていると、前記伊藤鈴子が出て来て、「あなたが帰つてから見たら股の所に穴があつたので印をつけておいた。」と言うので、右ズボンの股間を見ると、穴があいており、「こすつて破つたのではないか。」と言つたら押問答となつた。同女は「四〇〇円返せばいいでしよう。裾の方の染み抜きはやれません。」と言つて、被控訴人代表者と一緒に奥に引込んでしまつたので、本件ズボンと前記御預り伝票を持つたまま家に帰つたと供述している。

(2) これに対し、前顕証人伊藤鈴子、当審における証人伊藤恭彦の各証言によれば、右伊藤鈴子は、本件ズボンのクリーニングの委託を受け、杉田あや子が帰つた直後に、いつもの手順に従つて、ネーム付けと本件ズボンの点検をしたところ、股間部の縫目部分が一部毛羽立つており、その近くに本件穴があるのを発見したので、御預り伝票の控(乙第一号証の二)に「マタ下○アリ」と記入したうえ、長男の伊藤恭彦に、本件穴のあることと、尻と裾付近に染みがあるので注意して、早急にクリーニング処理するよう伝えたこと、伊藤恭彦は右穴と染みを確認のうえ後記クリーニングの処理工程に入つたこと、伊藤鈴子は、本件ズボンが相当着古している感じで、穴も小さかつたことから、杉田あや子も分つていることと思い、右穴のあることを連絡することはしなかつたこと、同年同月二九日、杉田あや子が本件ズボンを受取りに来たので、右ズボンの御預り伝票(乙第一号証の一)と代金四〇〇円を受取り本件ズボンを同女に引渡したこと、その際、被控訴人代表者が、本件ズボンに本件穴のあることを言つたところ、杉田あや子は「穴はあいていなかつた。」というので、伊藤鈴子が本件穴を見付けた状況を説明し、「控訴人本人に確かめて欲しい」と言つて、本件ズボンを持帰つてもらつたこと、するとその夜、杉田あや子から電話があつた後、来店して「かけつぎをせよ。できなければ四〇〇円を返せ。」と言われたので四〇〇円を返したこと、なお、甲第一号証の御預り伝票は、杉田あや子が前同二九日、本件ズボンを受け取りに来た際、同女から別にもう一本のズボンのクリーニングを依頼されてこれを預り、右伝票を切つて渡したものであるが、右四〇〇円を返した際に、同女がズボンのクリーニングを取り止めて持ち帰つたため伝票のみが同女の手許に残る結果となつたものである旨を供述している。

(三)  そこで、右関係者の各供述について、前顕甲第一号証、同乙第一号証の一、二、同検証の結果並びに弁論の全趣旨により成立の認められる乙第二号証の一、二を対比しながら、その信用性について検討する。

右杉田あや子が、本件ズボンのクリーニングを被控訴人に委託した際の言動は、その証言するところによると、前記一般クリーニングではなく、染み抜きという特別のクリーニング処理を依頼したうえ、これによつて事故が発生した場合は、新品と取り替えるなど、一種の損害賠償の約束を取り付けるなど、客が通常ズボンのクリーニングを委託するのとは明らかに異つているのであるが、仮に、客からそのような委託や特別の申出があつたとすれば、三〇年来クリーニング営業を手伝つて来ている右伊藤鈴子が、これらの趣旨の全部ないし一部を御預り伝票あるいはその控なりに何らかの形で留めておくのが常識的な行動と考えられるのに、本件ズボンの御預り伝票とその控と認められる乙第一号証の一、二、その他本訴に提出されている御預り伝票等のいずれにも、右のような委託の内容や特別の申出のあつたことを窺わせる記載は全くない。

また、本件ズボンのクリーニング代を、杉田あや子がクリーニングを委託する際支払つたのか、本件ズボンを受け取るのと引き換えに支払つたのかの点についても、右御預り伝票とその控の方式及び記載内容あるいは被控訴人方における通常の取扱い例等に照らし、本件クリーニングの代金は、クリーニング完了後、杉田あや子が、本件ズボンの引渡しを受けるのと引換えにこれを支払つたものと認められること、更に重要なことは、右代金四〇〇円はその金額の点からして特別なクリーニングの代価でなく、ズボン一本の一般クリーニング代に相当するものであることが認められることである。

次に、杉田あや子は甲第一号証の御預り伝票について、本件ズボンの裾に染みが残つていたので、その場で直ちに、再度の染み抜きを依頼した際、被控訴人代表者が切つてくれたものである旨供述しているが、その方式と記載文字の筆跡から、右御預り伝票の控と認められる乙第二号証の二には「返品」なる文字が記入されていることに照らすと、右甲第一号証の御預り伝票も、伊藤鈴子が供述するとおり、杉田あや子が本件ズボンを受け取りに来た二九日に、別のズボンのクリーニングの委託をし、これに対し切られた伝票であつて、結局本件ズボンのクリーニングにつきトラブルが生じたたため、その代金四〇〇円を返す際、同時に右ズボンのクリーニングも取り止めて返却したため、右伝票が杉田あや子の手許に残つたとみるのが相当である。

(四)  このように検討してくると、証人杉田あや子と同伊藤鈴子の各証言中喰い違いのある部分のいくつかについては、杉田あや子の証言に事実にそぐわない点がみられ、同証言の信用性は伊藤鈴子のそれに比してかなり低いとみるのが相当である。このことからすると、証人杉田あや子の証言とこれに符節を合わせる原審並びに当審における控訴人本人尋問の結果から、被控訴人へのクリーニング委託前には本件ズボンには穴があいていなかつたと断定することはできないところである。

一方、右伊藤鈴子の証言についても、穴に気付いたという時点で注文者へ連絡しても不自然でないのにこれをしていないことからすれば(原審証人伊藤恭彦もこれを被控訴人側の落度であると認めている。)、乙第一号証の二の記載内容に拘らず、同証言を全面的に措信することに躊躇を感ずるところであるから、同証言だけから右委託をうける前に本件の穴があいていたと認定することも相当でない。

2  そこで更に、被控訴人のクリーニング処理工程において、本件ズボンに本件のような穴があく可能性の有無について検討する。

<証拠>によれば次の(一)(二)の事実が認められる。

(一)  被控訴人におけるクリーニングの一般的処理工程(この工程によるものを一般クリーニングと略称することは前記のとおりである)は①洗濯物の受付と御預り伝票の発行②顧客のネーム付け③点検(ポケット、ボタンなど)④処理工程の分類(ドライクリーニングか否かなど)⑤第一染み抜き⑥ドライクリーニング(所要時間一五分位)⑦乾燥⑧第二染み抜き⑨再洗浄⑩乾燥⑪仕上げプレス⑫アイロン仕上げ⑬検査、整理、染みの点検⑭包装⑮納品の順序で行われる。右第一染み抜きとは、両性イオンを水で解いたものを霧吹きで吹きかけるか部分的に塗布したうえドライクリーニングするものであり、第二染み抜きは、右第一染み抜きで染みが取れない場合に、更に両性イオンを水で解いたものを動物の毛(証人磯野正明の証言によると馬の毛であると考えられる)を束ねて作つた直径一センチ位の筒状のブラシに塗布し、これで白い布敷きの上に置いた染み部分を叩いて染みを抜くものである。その際、洗濯業者の常識として、洗濯物を揉むとかブラシ等で擦るなどということは決してしないし、また、特に柔らかい生地でない限り、右ブラシでこのように叩いた程度で洗濯物に穴があくことはまずありえない。なお、一般クリーニングによつて染みが抜けない場合の特別の染み抜き処理としてモノクロベンゼンを前記ブラシに塗布して、これで染み部分を叩く方法があり、被控訴人は一般クリーニングの方法による染み抜きを行つたのみで、特別の方法による染み抜きはしてはいないが、この方法をとつたとしても、右溶剤が化学変化を起す等して穴があくことは殆んどなく、翻つて、これらの処理方法で穴をあけようとすれば、いずれもかなり強く長時間にわたつて当該部分を叩く必要があり、この場合には同部の周辺部が広範囲にわたつて糸がほぐれ擦れたような形状をきたすものと考えられる。

また、ドライクリーニング、乾燥、アイロン仕上げ、その他のいずれの工程においても、これに使われている機械器具の構造、機能あるいはその作業様式等に照らして、洗濯物に本件のような穴のあく可能性は極めて低いところである。

(二)  本件ズボンの生地は、密度、打ち込みともしつかりした丈夫な毛織物である。従つて被控訴人の行つている一般クリーニングの染み抜き処理によつて本件のような穴のあくことは殆んどなく、まして、本件ズボンを実際に染み抜き処理したのは前記伊藤恭彦であるが、同人もこの業種に就いて二〇年余の経験を有するクリーニングの熟練者であることからすれば、穴があく危険をおかしてまで、長時間にわたり強く叩き出しを行つたとはにわかに考えられないのであつて、現に、本件では一・五ミリメートル位の穴がボツンとあいており、その周辺の直径五ミリメートル位の部分以上には織り糸が擦れたり崩れたりしておらず、このことは本件穴が、何らかの先の尖つたような物で突いたか、少し擦つたかしてできたもののように見受けられるところである。

(三)  以上検討したとおり、被控訴人のクリーニング処理工程において、本件ズボンに本件のような穴の生ずる可能性は極めて低いものと認められる。なお、甲第一一号証の二、甲第一三号証の一中の記載には右の認定に沿わないかに読み取れる部分もあるが、甲第一一号証の二の言わんとするところは、結局前記証人磯野正明の証言するところであるから、同証言の趣旨にそぐわないところは表現が十分でないものとして、同証言の内容に基づいて理解すべきであり、また、甲第一三号証の一は、その結論を導き出す根拠として本件のような形状の穴は着用による摩耗によつては生じないこと、本件穴の周辺に赤い丸様の薬品処理の残影があることを挙げ、これらのことから、直ちに、本件穴は染み抜き処理によつて局部的に摩擦処理がなされたことにより生じたものと推論しているのであるが、右推論には、本件のような形状の穴は前記一般クリーニングの染み抜き処理によつて生じる可能性は低く、むしろ染み抜き処理以外の原因によつて生じた可能性が高いことに対して何らの顧慮、検討を加えていない点において合理性に欠けるところがあるうえ、そもそも右赤い丸なるものは原裁判所が検証を施行した際その便宜のために検証部分に書き込んだものと推認されるのであつて、この点に誤解があることが疑われることからして、これらの記載部分をそのまま本件認定の資料とすることはできない。

3 これまで認定のとおり、杉田あや子が本件ズボンを被控訴人方へ持込んだ時点以前には右ズボンに穴はなかつたとする前顕証人杉田あや子の証言及びこれにそう控訴人本人の供述はこれを否定する証人伊藤鈴子のそれに比して信用性に乏しく、また、被控訴人の行つている一般クリーニングの染み抜き処理によつては勿論、モノクロベンゼンを用いた場合でも本件ズボンに穴のあく可能性は極めて少ないのであるから、これらの点を併せ考えると本件ズボンの穴は、被控訴人のクリーニング処理によつて生じたものではなく、控訴人がこれを被控訴人に委託する以前からあつた蓋然性が極めて高いと認められる。従つて、控訴人の本訴請求(当審において追加した分を含む)はその主張にかかる損害が、被控訴人が本件ズボンのクリーニングを受託し、その処理工程中に生じたものであることについて証明がないことに帰するから、その余の点につき判断するまでもなく理由がなく棄却を免れない。

三よつて、原判決は相当であり、本件控訴及び右追加請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宮本 増 裁判官福田晧一 裁判官佐藤 明)

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